判例紹介 No.09
知財高裁平成20年6月16日判決 平成19年(行ケ)10244号
1. 特許庁における手続きの経緯
(1)本願発明の要旨
【請求項19】スクリーン板であって,・・・四角形の金属板と,前記金属板に設けられ・・・複数のスロット領域と,前記スロット領域の間に設けられた複数の陸領域と,から構成されることを特徴とするスクリーン板。
(2)拒絶理由通知の要点
(理由3)この出願の発明は,・・・であるから,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができない。
(理由4)この出願の発明は,・・・であるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
理由3及び4について
請求項・・・15乃至20・・・について引用例には,水平面に対して,傾斜角30〜60°で配置されたスロットを有するスクリーンが記載されている。そして,引用例には,フレームとフレームに固定されたスクリーンプレートを備えることが記載されている。してみれば,本願の請求項・・・15乃至20・・・に係る発明は,引用発明と相違するものではない。
(3)意見書の要点
引用例は,・・・本願発明のスクリーン板が複数のスロット領域と複数の陸領域とを含み,一つの陸領域が一つのスロット領域と他のスロット領域との間に設けられている,という構成要件およびこれによってもたらされる,スクリーン板の強度および作業性の向上という技術的効果を開示していない。従って,引用例によって,・・・本願発明・・・を新規性および進歩性なしとすることはできない。
(4)拒絶査定の要点
この出願は,本件拒絶理由通知書に記載した理由3及び4によって,拒絶をすべきものである。意見書及び手続補正書の内容を検討したが,拒絶理由を覆すに足りる根拠が見いだせない。
備考
引用例には,スクリーンプレートがスクリーンバー16を備えることが記載されており,スロットの間隔tはスロットの幅sの1.5−2倍の長さであることが記載されているから,本願発明の『陸領域』に相当するスクリーンバーが存在するから,相違しない。
(5)審決理由の要点
引用発明の認定
複数のスロットが形成されている長方形のスクリーン板であって,スロットが水平方向,即ち,長方形の下辺に対する傾斜角αが30〜60度であり,幅が1〜5mmであり,更に,金属板に複数のスロットを機械加工により製造された,スクリーン板。
本願発明と引用発明との対比
ア 一致点
(省略)
イ 相違点
スクリーン板が,本願発明では,複数のスロット領域と,複数のスロット領域の間に設けられた複数の陸領域とから構成されるのに対して,引用発明では,スロット領域が一つであり,複数の陸領域も具備していない点。
相違点についての判断
スクリーン板において,1枚の金属板に複数のスロットの一群からなるスロット領域を複数形成させた構造とすることは,本願前周知のことであって,スロット領域を複数形成させた構造のスクリーン板とすることは,対象となるスクリーン板の大きさ,又は形成させるスロットの長さあるいはスロット領域の幅等の所要の仕様に応じて,当業者が適宜選択し,採用し得ることで,その際,1枚のスクリーン板上に複数のスロット領域を設ける以上,当然に,スロット領域の間に陸領域が存在することも自明である。
してみると,上記相違点の如きスクリーン板とすることは,格別の創意を要せず,また何らの困難性もないものである。
しかも,上記相違点に基づく本願発明のスクリーン板の効果は,引用例並びに周知技術から当業者が予測できる程度のことであるから,格別のものを認めることはできない。
したがって,本願発明は,引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
2.判決理由の要点
本判決は,以下のとおり説示し,拒絶理由通知書において通知された拒絶の理由は,新規性欠如のみであり,拒絶査定が採用した拒絶の理由も,新規性欠如のみであるから,審判合議体は,特許法159条2項の規定にいう「査定の理由と異なる拒絶の理由」を発見したにもかかわらず,同法50条本文に規定する手続を採ることなく,「異なる拒絶の理由」を採用して審決をしたものというほかないとした。
ア審決は,本願発明は引用発明及び周知技術から容易に想到することができたものであり,特許法29条2項に該当するとしたものであるから,審査段階において上記理由が通知されていることが必要となり,これを欠くときは改めて拒絶理由を通知しなければならない。そこで,この点について検討すると,拒絶理由通知書には,引用例に基づいて当業者が容易に発明をすることができたから特許法29条2項に該当する旨の記載があり,拒絶査定においては,拒絶理由通知書に記載した理由により特許法29条2項に該当するとしたものであるから,審決前に告知された具体的な拒絶理由は引用例の指摘だけであり,その余は特許法29条2項の条文を摘示したに止まる。
ところで,特許法50条が拒絶の理由を通知すべきものと定めている趣旨は,通知後に特許出願人に意見書提出の機会を保障していることをも併せ鑑みると,拒絶理由を明確化するとともに,これに対する特許出願人の意見を聴取して拒絶理由の当否を再検証することにより判断の慎重と客観性の確保を図ることを目的としたものであり,このような趣旨からすると,通知すべき理由の程度は,原則として,特許出願人において,拒絶の理由を具体的に認識することができる程度に記載することが必要というべきである。これを特許法29条2項の場合についてみると,原則として,拒絶理由通知があったものと同視し得る特段の事情がない限り,出願に係る発明と対比する引用発明の内容,対比判断の結果である一致点及び相違点,相違点に係る出願発明の構成が容易に想到し得るとする根拠について具体的に記載することが要請されている。
これを本件についてみると,引用例の指摘こそあるものの,一致点及び相違点の指摘並びに相違点に係る本願発明の構成の容易想到性についての具体的言及は全くないのであるから,拒絶理由通知があったものと同視し得る特段の事情がない限り,拒絶理由の通知として要請されている記載の程度を満たしているものとは到底いえない。
3.検討
本件の拒絶理由通知においては、理由として特許法29条2項に該当することと引用例が記載されていた。それでも本判決は、進歩性欠如の拒絶理由が通知されていないと判断した。その理由として判決は、本件の拒絶理由通知は、本願発明と引用発明との一致点及び相違点の指摘並びに相違点に係る構成の容易想到性についての具体的言及が全くなく、拒絶理由の通知として要請されている記載の程度を満たしていないことを指摘している。
最近の審決取消判決においては、特許法159条2項で準用する同法50条に違反したことを理由に審決を取消した件がかなりある(「拒絶査定と異なる拒絶理由の通知義務における周知技術の扱い(その1)」パテント2007年9月号)。本判決もそのような傾向に沿った事例である。