判例紹介 No.14
知財高裁平成21年3月11日判決 平成19年(ネ)10025号
1. 事案の概要
装飾印鑑を製造販売している原審原告である被控訴人が,印鑑の製造販売行為につき,控訴人(原審被告)の特許権に基づく差止請求権が存在しないことの確認を求めた。
原審判決は,被控訴人の製造販売する印鑑は本件発明の技術的範囲に属するものではないとし,差止請求権不存在確認請求を認容した。本判決は、被控訴人の印鑑は本件発明の技術的範囲に属すると判断し、原審判決を取り消した。
2.事実関係
(1)本件特許
A 有底状の透明な筒体と
B 該筒体内に注入された透明な合成樹脂からなる芯材と
C 該芯材と前記筒体の内周面との間に介挿入された所定の絵柄を有する和紙からなる筒状のシート体とからなり,しかも
D 該シート体には前記合成樹脂が浸透してシート体と合成樹脂が一体化されてなることを特徴とする
E 印鑑基材。
(発明の詳細な説明及び図面)
本発明は、絵柄付与の容易性を確保した上で一旦付与された絵柄が容易に消えない印鑑基材を提供することを目的とする。
筒体20にエポキシ樹脂を70%注入し、絵柄付きシート体30を筒体20に挿入し密着させる。その後、エポキシ樹脂を満量まで注入し加熱固化させて、筒体20、シート体30、芯材40からなる印鑑基材10を得る。
(2)被控訴人の商品の構成
a アクリル系の合成樹脂からなる有底状の透明な筒体と,
b 当該筒体内に注入された透明なエポキシ樹脂の合成樹脂体と,
c1 当該筒体内に挿入された透明な棒状体と,
c2 当該棒状体に巻き付けられて,当該筒体内のエポキシ樹脂の合成樹脂体の中に介挿入された所定の絵柄を有する和紙からなるシート体とを備え,
d 当該シート体には,アクリル系接着剤で接着された合わせ目を除いて,エポキシ樹脂の合成樹脂体が浸透して,シート体と合成樹脂体が一体化されている
e 印鑑基材
3.争点
(1)被控訴人商品の構成
(2)被控訴人商品の本件発明の技術的範囲の属否
4.原審判決理由の要点(争点2の部分)
「芯材」を合成樹脂と考えた場合も棒状体及び接着剤と考えた場合も、被控訴人商品は構成要件Cの「芯材」を備えず、技術的範囲に属しない。構成要件Bの「注入された」は、プロダクト・バイ・プロセス・クレームによる特定だから、物の構成要件の解釈に影響しないという被告(特許権者)の主張については、原告商品が「芯材」を備えないことに影響しないことを理由に判断を避けている。
5.本判決理由の要点(争点2の部分)
被控訴人は,本件発明は,「(合成樹脂からなる)芯材と前記筒体の内周面との間に介挿入されたシート体」を構成要件とし,さらに,「前記合成樹脂が浸透してシート体と合成樹脂が一体化」されるから,「芯材」は,シート体の内側に存在し,内側からシート体に浸透するものであると主張する。
しかしながら,本件発明は,物の発明であり,物によって特定されるものである。「該芯材と前記筒体の内周面との間に介挿入された」との記載は,製法によって物の特定をしたプロダクト・バイ・プロセス・クレーム手法による特定であって,上記記載が格別の意味内容を有すると認められない限りは,物の構成要件自体の解釈に格別に影響を及ぼすものとはいえない。
・・・(発明の詳細な説明の記載を参酌)・・・上記記載によれば,「該芯材と前記筒体の内周面との間に介挿入された所定の絵柄を有する和紙からなる筒状のシート体」とは,シート体を介挿入するに当たって,筒体の内周面に密着した状態で当該筒体内に挿入されることを意味するものと認められる。しかし,筒状のシート体を挿入する前には,流動性を有する芯材である合成樹脂は,筒体の内周面と接しており,また,筒体20の内周面に付与された無数の引掻き傷の中に,注入されたエポキシ樹脂が入り込み,固化したエポキシ樹脂の絵柄付きシート体30を介した筒体20内周面に対する密着力が向上するのであるから,筒体の内周面と接している芯材である合成樹脂をすべて除去して,代わりにシート体を挿入するものとはいえない。
したがって,本件発明は,「該芯材と前記筒体の内周面との間に介挿入」した際,筒体とシート体との間にもエポキシ樹脂が存在することを予定しているのであって,「該芯材と前記筒体の内周面との間に介挿入された」との記載が格別の意味内容を有するとは認められない。
そうすると,被控訴人製品の「c2 当該棒状体に巻き付けられて,当該筒体内のエポキシ樹脂の合成樹脂体の中に介挿入された所定の絵柄を有する和紙からなるシート体」は,本件発明1の「C 該芯材と前記筒体の内周面との間に介挿入された所定の絵柄を有する和紙からなる筒状のシート体」に該当するものであって,単に,シート体を巻き付ける棒状体が付加されているにすぎない。
被控訴人製品が,棒状体にシート体を巻き付けて「芯材」に相当する合成樹脂体の内部に介挿入するものであっても,棒状体に巻き付けるという工程が加わっているのみであって,構成要件Cの「該芯材と前記筒体の内周面との間に介挿入」を充足することに変わりがない。
6.検討
プロダクト・バイ・プロセス・クレーム特許の技術的範囲の解釈については、物質同一説と製法限定説がある。前者は、プロダクト・バイ・プロセス・クレームは物の発明であり、製造方法はその物を限定するために記されているだけだから、技術的範囲は当該製造方法に限定されず、物として同一であれば技術的範囲に属するとする説である。後者は、クレームに記載の製造方法により製造された物に限定されるとする説である。
我が国の判例は、最高裁判決(最高裁平成10年11月10日 平成10年(オ)1579号 作図法事件)が物質同一説を採用したので、原則として物質同一説による。ただし、審査過程で引用例に対して製造方法の相違を主張して特許された場合は、包帯禁反言により製法限定説を採用している。
最高裁判決の結論は技術的範囲に属しないだったので、本判決が物質同一説により技術的範囲に属するとした最初の判決である。また、本判決は、物質同一説に立脚しつつその適用限界を「製法による特定が格別の意味内容を有する」場合と定めることにより、製法限定説をも包含した統一的解釈を示した点でも注目判決である。
なお、原審判決と本件判決とで結論が逆転した最大の理由は、争点1の控訴人商品の認定が変更されたことにある。