判例紹介 No.23
知財高裁平成22年7月20日判決 平成21年(行ケ)10246号
1.特許庁における経緯
原告は、被告の有する特許に対する特許無効審判を請求した。手続きは複雑であるが、最終的に「審判の請求は成り立たないと」審決されたので、原告がその取り消しを求めて提訴した。
争点は、特許発明3の実施可能要件およびサポート要件である。
2.本件特許(特許第3489678号)
(1)特許請求の範囲(下線は訂正箇所)
【請求項1】溶融金属を収容することができ,内外の圧力差を調節することにより,内部へ溶融金属を導入し,または外部へ溶融金属を供給することが可能で,運搬車輌により搭載されて公道を介してユースポイントまで搬送される容器であって,
フレームと,
前記フレームの内側に設けられる第1の熱伝導率を有する第1のライニングと,
前記フレームと前記第1のライニングとの間に介挿され,前記第1の熱伝導率よりも低い第2の熱伝導率を有する第2のライニングと,
配管とを有し,
前記第1のライニングは,容器内底部に近い位置から容器上面側の露出部まで溶融金属の流路を内在し,当該流路と前記容器内の溶融金属が貯留される空間とを分離するゾーンでかつ容器上面側の露出部まで充填され,
前記第2のライニングは,前記流路からみて前記容器内の溶融金属が貯留される空間とは反対側で,かつ前記流路を内在する第1のライニングの外側に配され,
前記配管は,前記露出部の流路に接続され,先端の出入口が下向きであり,
前記容器の上面部に開閉可能に設けられ,前記容器の内外を連通し,前記溶融金属を供給する際に前記容器内を加圧するための貫通孔が設けられ,閉じられたときに前記容器内部の気密を確保し,当該容器内に溶融金属を供給するに先立ち,開けられてガスバーナが容器内に挿入されて容器の予熱を行うためのハッチを有し,
前記ハッチは,前記容器の上面部の中央に設けられ,かつ,前記貫通孔は,前記ハッチの中央,または中央から少しずれた位置に設けられていることを特徴とする容器。
【請求項3】 請求項1又は請求項2に記載の容器であって、前記流路の有効内径は、65mmより大きく、85mmより小さいことを特徴とする容器。
(2)発明の詳細な説明・図面
本発明は、例えば溶融したアルミニウムの搬送に用いられる容器に関する。
このような容器を工場間で搬送する場合には、まず容器内をガスバーナ等を用いて予熱してから溶融材料を供給しているが、従来の装置では、予熱の際に容器内のストークが邪魔となるため、ストークをこれを保持する大きな蓋と共に取り外して予熱を行う必要があるため、作業性が非常に悪い、という問題もある。
本発明は、このような問題を解決するためになされたもので、ストーク等の部品交換を行う必要のない容器を提供することを目的とする。
本発明の別の目的は、予熱を効率的に行うことができる容器を提供することにある。本発明の更なる目的は、溶融金属の受湯時や給湯時における溶融金属の温度低下を極力抑えることができる容器を提供することを目的としている。
【0013】前記流路の有効内径は,約50mmより大きく,約100mmより小さいことが好ましく,より好ましくは65mm〜85mm程度,更に好ましくは70mm〜80mm程度,最も好ましくは70mmである。これは発明者らが流路の径と圧送に必要な圧力との関係を調べた結果得られた知見である。
【0046】流路57及びこれに続く配管56の内径はほぼ等しく、65mm〜85mm程度が好ましい。従来からこの種の配管の内径は50mm程度であった。これはそれ以上であると容器内を加圧して配管から溶融金属を導出する際に大きな圧力が必要であると考えられていたのである。これに対して本発明者等は、流路57及びこれに続く配管56の内径としては65mm〜85mm程度が好ましく、より好ましくは70mm〜80mm程度、更には好ましくは70mmであることを見出した。溶融金属が流路や配管を上方に向けて流れる際に、流路や配管に存在する溶融金属自体の重量及び流路や配管の内壁の粘性抵抗の2つパラメータが溶融金属の流れを阻害する抵抗に大きな影響を及ぼしている。内径が65mm以上となると流れのほぼ中心付近から内壁の粘性抵抗の影響を殆ど受けない領域が生じ始め、その領域が次第に大きくなる。この領域の影響は非常に大きく、溶融金属の流れを阻害する抵抗が下がり始める。溶融金属を容器内から導出する際に容器内を非常に小さな圧力で加圧すればよくなる。一方、内径が85mmを超えると、溶融金属自体の重量が溶融金属の流れを阻害する抵抗として非常に支配的となり、溶融金属の流れを阻害する抵抗が大きくなってしまう。本発明者等の試作による結果によれば、70mm〜80mm程度の内径が容器内の圧力を非常に小さな圧力で加圧すればよく、好ましい。
A−A断面図
56配管、57流路、60開口部、62ハッチ、65貫通孔、66加減圧用の配管、100容器、100aフレーム、100b耐火材、100c断熱材
3.原告の主張
(1)実施可能要件について
審決は,「流路の粘性抵抗が,溶融金属の性状,ライニングの材質,表面粗さ等,種々の要因により変動し,他方,溶融金属自体の重量やその影響が,金属の種類,流路の長さ(高さ),流速等によって変わることが明らかである」と正しく認定しているのであるから,当該認定からすれば,本件特許発明3における発明特定事項の記載のみでは,明細書に記載された目的とする効果(溶融金属を容器内から導出する際に容器内を非常に小さな圧力で加圧すればよくなること)を奏さない。
それにもかかわらず,審決は,「該各パラメータにより,流路の有効内径の好ましい範囲が大幅に変わり,有効内径の好ましい範囲が,該各パラメータの特定の狭い範囲としか対応しないとする根拠はない。」とするが,明細書に記載の目的とする効果を奏さない構成が含まれている以上,周知技術や当業者の技術常識で当該構成を容易に排除できない限り,やはり当該発明は当業者にとって実施不能であり,特許法36条4項の要件を満たさない。
(2)サポート要件について
本件明細書において言及された「溶融金属自体の重量と粘性抵抗」という2つのパラメータについては,一切記載がない。すなわち,本件特許発明3を実施するために必要な具体的条件(圧送に必要な圧力と溶融金属自体の重量と粘性抵抗等)が請求項3において,「流路の有効内径」とともに規定されて初めて「流路の内径を所定の範囲に数値限定した技術的理由,及びその数値範囲としたことによって得られる効果」を開示し,サポート要件を満たしたといえるのである。
4.判決の要点(下線は筆者記入)
本件特許発明は,いずれも訂正審判請求が認められたことにより,ハッチや貫通孔といった構成が加えられ,進歩性が認められたものである。上記各構成が加えられる前の請求項3に係る発明は、原告が問題としている,流路の有効内径の数値限定部分等を発明の本質的事項の一部としていたといえるが,上記訂正により,同部分は,それによって進歩性が認められる事項ではなく,単に望ましい構成を開示しているにすぎない。
(1)実施可能要件について
本件特許発明3の目的の1つと解される「溶融金属を容器内から導出するために必要な圧力を小さくすること」を達成するためには,溶融金属の重量,流路の粘性抵抗等の条件を設定する必要があり,そのうち粘性抵抗については,溶融金属の性状,ライニングの性質,表面粗さ等のパラメータによって決定され,溶融金属の重量やそれによる影響は,金属の種類や流路の長さ,流速等のパラメータによって決定されるものである。そうすると,単に「溶融金属を導出するために必要な圧力を小さくする」との目的のみを達成するためであれば,流路の有効内径以外のパラメータも設定する必要があることは自明であり,その限りにおいて,原告の主張は誤りではない。
しかしながら,「導出圧力の最小化」は,本件特許発明においては付随的な目的にすぎない。そして,溶融アルミニウムを流路や配管を通じて排出する場合に粘性抵抗があること自体は,当業者にとって自明であり,望ましいとされる流路の有効内径が提供されれば,それを最大限に生かすべく,他の条件を設定するよう努めるのは当然であって,ここで必要とされる試行錯誤が過度なものであるとは認められない。また,導出圧力の最小化のみを目的とする場合の数値限定と,これが単に付随的な目的にすぎない場合の数値限定では,必然的に相違が生じ,後者の場合には,他の条件との兼ね合いにより,当該目的達成の程度が変化することは明らかである。
以上からすれば,本件特許発明3における,流路の有効内径に関する数値限定部分において,他のパラメータにつき記載がないことをもって,実施可能要件に違反するということはできない。
(2)サポート要件について
明細書の発明の詳細な説明には,段落【0046】において,流路の有効内径を65ないし85mmと特定した根拠について,一応の理論的説明とともに,「試作」によってその数値を見出した旨が記載されている。そして,発明の詳細な説明には,「溶融金属の圧送に必要な圧力,溶融金属自体の重量,粘性抵抗の大きさ」等についての具体的な記載は全くなく,これらのパラメータの特定は,本件特許発明3において必要的な事項とはされていない。
以上からすれば,本件での「流路の有効内径」の数値限定は,他の条件については技術常識を参酌しつつ,溶融金属の導出圧力を適宜低下させることが可能であるという程度のものあり,本件特許発明3の特許請求の範囲において,流路の有効内径以外のパラメータの記載がないとしても,特許請求の範囲において,発明の詳細な説明に記載されていない部分が生じてはいないから,サポート要件には違反しない。
5.検討
本判決は、流路の有効内径の数値限定部分は、それによって進歩性が認められる部分ではなく、付随的な目的を達成するための部分であることを理由に、目的達成に関与する他のパラメータの記載が無くても、実施可能要件およびサポート要件に適合すると判断した。これは、特許法36条に規定する要件の充足性の判断を進歩性の判断とリンクさせて行うことを意味するが、そのような判断手法は疑問である。複数の特許要件の判断は、夫々独立して行うべきである。
本判決と同様の判断は、本判決と同日付けで言い渡された関連する他の判決でも示されている。