知的財産権の判例紹介

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判例紹介 No.30

FRAND宣言がなされている特許権に基づく損害賠償請求権の行使は、ライセンス料相当額の範囲内では権利の濫用に当たらないと判断され、この特許権に基づく差止め請求権の行使は、権利の濫用に当たると判断された知財高裁大合議判決

知財高裁大法廷平成26年5月16日判決 平成26年(ネ)10043号

知財高裁大法廷平成26年5月16日判決 平成26年(ラ)10007号

知財高裁大法廷平成26年5月16日判決 平成26年(ラ)10008号

特許事務スタッフ

(1)これまでの経緯
 差止めの仮処分を求めてサムスン社により提起された訴訟と、サムスン社が損害賠償請求権を有していない旨の判決を求めてアップル社により提起された確認訴訟の知財高裁大法廷における判決が2014年5月16日に言い渡された。

 本件訴訟は、アップル社による本件各製品の生産、譲渡、輸入等の行為がサムスン社の特許第4642898号の特許権の侵害行為に当たるとして、本件各製品の生産、譲渡、輸入等の差止めの仮処分及び執行官保管を求めた事件である。
 これに対し、アップル社は、アップル社各製品の生産、譲渡、輸入等の各行為がサムスン社の特許第4642898号の特許権の侵害行為に当たらないなどと主張し、アップル社の上記行為に係る本件特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権をサムスン社が有しないことの確認判決を求めた。
原判決では、一部のアップル社製品が、本件特許の技術的範囲に属するとしつつも、サムスン社による本件特許権に基づく差止請求権及び損害賠償請求権の行使は権利乱用に当たると判断して、サムスン社の請求をすべて棄却した。サムスン社は、原判決を不服として控訴した。
 知財高裁大法廷は、差止めの仮処分を求めるサムスン社の本件抗告を棄却し、抗告費用はサムスン社の負担とするとの判決を言い渡した。また、サムスン社(控訴人)の特許権に基づく損害賠償権の行使が、FRAND条件でのライセンス料相当額を超える部分では権利の乱用に当たるが、FRAND条件でのライセンス料相当額の範囲内では権利の乱用に当たるものではないと判示した。

(2)事実の概要
 本件各製品は、UTMS規格(Universal Mobile Telecommunications System)に準拠している。UTMS規格は、第3世代携帯電話システム(3G)の普及促進と付随する仕様の世界標準化を目的とする民間団体である3GPP(Third Generation Partnership Project)が策定した通信規格である。ETSI(European Telecommunications Standards Institute)は、3GPPを結成した標準化団体の一つであり、「IPRポリシー」という知的財産権の取り扱いに関する方針を定めている。
 「IPRポリシー」では、ETSIの会員が必須IPRについて通知し、このIPRにおける取り消し不能なライセンスを公正、合理的かつ被差別的な条件(fair, reasonable and non-discriminatory terms and conditions)で許諾することを取り消し不能な形で保証することを求めている。本件特許は、UTMS規格の必須特許であり、サムスン社は、このIPRポリシーに基づいて、本件特許について取り消し不能なライセンスを公正、合理的かつ被差別的な条件で許諾する用意がある旨の宣言(本件FRAND宣言)をしていた。
 

(3)本判決の概要
A.ライセンス契約の成否
 まず、本件FRAND宣言に基づくライセンス契約の成否についてはフランス法が準拠法となることが認定された(フランス法が準拠法となることは当事者間に争いがない)。そして、フランス法においては、ライセンス契約が成立するためには、少なくともライセンス契約の申込みと承諾が必要とされるところ、以下のa)からc)のとおり、本件FRAND宣言については、フランス法上、ライセンス契約の申込みであると解することはできないと判断された。
a)フランス法上、ライセンス契約の成立には、その対価が決定されている必要がないとしたとしても、本件FRAND宣言には、ライセンス契約の対価たるライセンス料率が具体的に定められていないのみならず、ライセンスした場合の地理的範囲やライセンス契約の期間なども定まっておらず、これに対する承諾がされたことで契約が成立するとした場合の拘束力がいかなる範囲で生じるのかを知る手がかりが何ら用意されていないこと。
b)IPRについてのETSIの指針には、「ETSIは、FRANDのために必須IPRの公平かつ誠実な交渉を行うことを、会員(及びETSI会員以外の者)に規定する。」と規定されていて当事者間で交渉が行われることが前提とされている部分があること。
c)現在のETSIのIPRポリシーを採用するに当たっては、当初、利用者に「自動ライセンス」を与えることを可能とするような規定とする試みが存在したところ、これに強い反対があり断念した経緯があること。このため、本件FRAND宣言が契約の申込みであると解することは、上記「自動ライセンス」を認めたと同一の結果となって相当とは言えないこと。
 従って、本件FRAND宣言がライセンス契約の申込みと解することはできないと判示された

B.本件FRAND宣言に基づく特許の権利行使について
 UMTS規格に準拠した製品を製造,販売等しようとする者は,UMTS規格に準拠した製品を製造,販売等するのに必須となる特許権のうち,少なくともETSIの会員が保有するものについては,ETSIのIPRポリシーによってFRAND宣言をすることが要求されていることを認識しており,特許権者とのしかるべき交渉の結果,将来,FRAND条件によるライセンスを受けられるであろうと信頼するが,その信頼は保護に値するというべきである。したがって,本件FRAND宣言がされている本件特許について,無制限に差止請求権の行使を許容することや、FRAND条件でのライセンス料相当額を超える損害賠償権の行使を認容することは,このような期待を抱いてUMTS規格に準拠した製品を製造,販売する者の信頼を害することになると指摘した。
 FRAND宣言された必須特許(以下,FRAND宣言された特許一般を指す語として「必須宣言特許」を用いる。)を保有する者は,UMTS規格を実施する者のかかる期待を背景に,UMTS規格の一部となった本件特許を含む特許権が全世界の多数の事業者等によって幅広く利用され,それに応じて,UMTS規格の一部とならなければ到底得られなかったであろう規模のライセンス料収入が得られるという利益を得ることができる。また,サムスン社による本件FRAND宣言を含めてETSIのIPRポリシーの要求するFRAND宣言をした者については,自らの意思で取消不能なライセンスをFRAND条件で許諾する用意がある旨を宣言しているのであるから,FRAND条件での対価が得られる限りにおいては,差止請求権を行使することによってその独占状態が維持できることはそもそも期待していないものと認められ,かかる者について差止請求権の行使を認め独占状態を保護する必要性や、FRAND条件でのライセンス料相当額を超えた損害賠償請求権を認容する必要性は高くないと指摘した。
 アップル社を含めてUMTS規格を実装した製品を製造,販売等しようとする者においては,UMTS規格を実装しようとする限り,本件特許を実施しない選択肢はなく,代替的技術の採用や設計変更は不可能である。そのため,本件特許権による差止請求が無限定に認められる場合には,差止めによって発生する損害を避けるために,FRAND条件から離れた高額なライセンス料の支払や著しく不利益なライセンス条件に応じざるを得なくなり,あるいは事業自体をあきらめざるを得なくなる可能性がある。また,UMTS規格には,極めて多数の特許権が多くの者によって保有されており(特許ファミリー単位でも1800件以上が,50社以上の者から必須特許であると宣言されている。),これらの多くの者の極めて多数の特許権について,逐一,必須性を確認した上で事前に利用許諾を受けることは著しく困難であると考えられ,必須宣言特許による差止請求を無限定に認める場合には,事実上UMTS規格の採用が不可能となるものと想定される。以上のような事態の発生を許すことは,UMTS規格の普及を阻害することとなり,通信規格の統一と普及を目指したETSIのIPRポリシーの目的に反することになるし,通信規格の統一と普及によって社会一般が得られるはずであった各種の便益が享受できない結果ともなると指摘した。
 以上のことから、必須宣言特許についてFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有する者に対し,FRAND宣言をしている者による特許権に基づく差止請求権の行使を許すことは,相当ではないと判示した。
 また、FRAND宣言をした特許権者が、当該特許権に基づいて、FRAND条件でのライセンス料相当額を超える損害賠償請求をする場合、そのような請求を受けた相手方は、特許権者がFRAND宣言をした事実を主張、立証をすれば、ライセンス料相当額を超える請求を拒むことができると解すべきであると判示した。
 他面において,UMTS規格に準拠した製品を製造,販売する者が,FRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しない場合には,かかる者に対する差止めや、ライセンス料を超える損害賠償請求は許容されると解すべきである。けだし,FRAND条件でのライセンスを受ける意思を有しない者は,FRAND宣言を信頼して当該標準規格への準拠を行っているわけではないし,このような者に対してまで差止請求権を制限する場合には,特許権者の保護に欠けることになるからである。また、そのような相手方については,そもそもFRAND宣言による利益を受ける意思を有しないのであるから,特許権者の損害賠償請求権がFRAND条件でのライセンス料相当額に限定される理由はない。もっとも,差止請求を許容することには,前記のとおりの弊害が存することに照らすならば,FRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しないとの認定は厳格にされるべきであると判示した。

C.FRAND条件でのライセンス料相当額の範囲内の損害賠償請求
 FRAND条件でのライセンス料相当額の範囲内での損害賠償請求については,必須宣言特許による場合であっても,制限されるべきではないと判示した。
 この理由は、UMTS規格に準拠した製品を製造,販売等しようとする者は,FRAND条件でのライセンス料相当額については,将来支払うべきことを想定して事業を開始しているものと想定されると説明した。また,ETSIのIPRポリシーの3.2項には、「IPRの保有者は・・・IPRの使用につき適切かつ公平に補償を受ける」(IPR holders …should be adequately and fairly rewarded for the use of their IPRs[.])ことが規定されており,特許権者に対する適切な補償を確保することは,この点からも要請されていると指摘した。。

D.独占禁止法について
 アップル社は,サムスン社の一連の行為が独占禁止法に違反する旨の主張もしている。しかし,サムスン社の主張に係る損害賠償の金額は,サムスン社がFRAND条件によるライセンス料であると主張する金額に留まることに加えて,FRAND条件によるライセンス料相当額を超える損害賠償請求は原則として権利の濫用となり許されないことを考慮すると,本件全証拠によっても,FRAND条件でのライセンス料相当額の範囲内での損害賠償請求が同法に違反するとは認められないと判示した。

E.FRAND条件によるライセンスを受ける意思表示について
 アップル社は,平成23年8月18日付けの書面でのライセンス料率の上限の提示に始まり,複数回にわたって算定根拠とともに具体的なライセンス料率の提案を行っているし,控訴人と複数回面談の上集中的なライセンス交渉も行っているから,アップル社は控訴人との間でライセンス契約を締結するべく交渉を継続していたと評価できる。このため,アップル社はFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有する者であると認められると判示した。
 これに対し,サムスン社は,アップル社がライセンスの対象特許を確定せず,自らをより利するライセンス条件を順次提示し,また,自ら提示する条件はFRAND条件に反しないとの態度を続けて,ライセンス契約の成立を故意に妨げているから,アップル社や相手方はライセンスを受ける意思を有するとは認められないなどと主張する。しかし,標準規格を策定することの目的及び意義等に照らすと,ライセンス契約を受ける意思を有しないとの認定は厳格にされてしかるべきところ,アップル社とサムスン社の間のライセンス交渉の経緯は上記のとおりであって,アップル社はFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有する者であると認められるから,サムスン社の主張は採用の限りではないと判示した。

F.結論
 本判決では、アップル社の請求は、サムスン社がアップル社に対して本件製品1及び3の譲渡等につき、本件の特許の侵害に基づく損害賠償請求権を有しないこと、並びに、本件製品2及び4の譲渡等につき、本件特許の侵害に基づきサムスン社がアップル社に対して有する損害賠償請求権が、実施料相当額として認定された額を超えて存在しないことの確認を求める限度で理由があるから、この限度で認容し、その余のアップル社の請求は、棄却すべきであると判示した。
 また、差止めを求めるサムスン社の申立ては,その余の点について検討するまでもなく,被保全権利について疎明を欠くのでいずれも却下すべきであると判示した。

G.「意見募集」において寄せられた意見について
 本件の申立てにおいては,標準規格に必須となる特許についてFRAND宣言がされた場合における効力が主要な争点となりました。知財高裁大法廷は,同争点が,技術開発や技術の活用の在り方等に与える影響が大きいことに鑑み,国内,国外を問わず広く意見を募集する試みを実施した。
 意見募集の対象事項については,「標準化機関において定められた標準規格に必須となる特許についていわゆる(F)RAND宣言((Fair,) Reasonable and Non-Discriminatoryな条件で実施許諾を行うとの宣言)がされた場合の当該特許による差止請求権及び損害賠償請求権の行使に何らかの制限があるか。」とした。
意見募集に対しては,我が国のみならず諸外国からも,個人・法人・団体を問わず,数多くの意見が寄せられた。FRAND宣言された必須特許による差止請求権の制限については、大まかには,次の3つの見解に属する見解を述べるものが多く見られた。
A)何らかの制限を課すことは,むしろ当事者間の任意のライセンス契約の成立を阻害し,技術革新や標準化作業に悪影響を及ぼすことになりかねないから,相当ではないとする意見
B)いわゆるホールドアップ問題等を指摘し,FRAND宣言された以上は,一定程度の制限がされるべきであるとする意見
C)FRAND宣言された特許権についての差止めは一切認められないとする意見
 損害賠償請求権については,これに言及した多くの意見が,損害賠償請求権の行使は制限されるべきではない旨を述べていたが,認容される賠償額は,FRAND条件によるライセンス料相当額に限定されるべきであるとの意見も散見された。
 また、必須特許権者の誠実交渉義務について,これを課すべきとの意見が多くみられたが,その根拠を何に求めるのかについては,複数の見解があった。また,必須特許の実施者にも誠実交渉義務を課すべきであるとの意見も複数見られた。控訴人と他社との間の必須特許のライセンス契約に関する情報等を被控訴人に開示する義務があるとする見解(例えば,原判決の見解)については,妥当でないとする見解が多数寄せられた。
 これらの意見は,裁判所が広い視野に立って適正な判断を示すための貴重かつ有益な資料であり,意見を提出するために多大な労を執った各位に対し,深甚なる敬意を表する次第であるとの感謝が示された。

(4)本判決の意義
 本判決は、FRAND宣言特許権に基づく権利行使について知財高裁大法廷の判断が初めて示されたという点において重要であり、今後の訴訟への影響は大きいと思われる。また、本裁判は、第三者の意見募集が初めて行われたという点でも意義があると思われる。
 FRAND宣言に基づく特許は、ライセンス契約が成立していない場合であっても、第三者に対する損害賠償及び差止め請求の行使が制限されるという例外的な取扱いを受ける点に注意する必要がある。また、第三者がこのような例外的な保護を受けるためには、ライセンスを受ける意思があったことを立証する必要がある点にも注意する必要がある。

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