判例紹介 No.31
知財高裁平成26年3月26日判決 平成25年(ネ)第10017号
知財高裁平成26年3月26日判決 平成25年(ネ)第10041号
1.サマリー
原告側が、オープン式発酵処理装置の発明に関する特許1及び特許2に基づいて、被告製品の製造販売の差止め及び損害賠償の支払いを求めた事案である。第1審において東京地裁は、特許1の文言侵害を認め、被告製品の製造販売の差し止め及び一部の損害賠償の支払いを命じた。一方、特許2については、被告製品は特許2に係る発明の技術的範囲に属していないとして侵害の成立を否定した。
第2審では、原告側は、特許2の均等侵害の主張を追加した。第2審において知財高裁は、特許1の「有機質廃物を経時的に投入堆積発酵処理する面域」という構成要件は、特許1の出願前に公然実施されたKS7−12発明が備えているとして、特許1の進歩性を否定し特許1に基づく権利行使を棄却した。また、知財高裁は、特許2の発明のV字型すくい上げ部材が「2枚の板状の部材を傾斜させて配置されるもの」に対し、被告製品のすくい上げ部材105dは、「半円弧状の形状を有する1枚の部材から構成されたもの」であることが相違すると認定して特許2の文言侵害を否定した。一方、知財高裁は、上記掬い上げ部材の違いが均等侵害の第1要件〜第5要件を充足するとして、特許2の均等侵害を認め、被告に一部の損害賠償の支払いを命じた。
2.事実の概要
原告の一人であるキシエンジニアリングは、特許1の特許権者であり、原告Aは、特許2の特許権者である。また、原告の一人である日環エンジニアリングは、特許1及び特許2の独占的通常実施権の許諾を受けたと主張している。この事案では、原告らは、被告が製造販売する装置が特許1及び特許2に係る特許発明の技術的範囲に属すると主張し、@特許法100条第1項に基づいて、被告製品の製造販売の差し止めを求めた。また、A不法行為に基づく損害賠償の支払いを求めた。
原判決では、特許1に基づく被告製品の製造及び販売の差し止めと、特許1の侵害に対する損害賠償の支払いとを認めた。一方、被告製品は、特許2の構成要件を充足しないとして、特許2に基づく差止め請求及び損害賠償請求を棄却した。これに対し、被告及び原告の一人である日環エンジニアリングが、知財高裁へ控訴していた。なお、特許2の訂正が確定したため、当審において訂正前の特許2に基づく請求が、訂正後の特許2に基づく請求に変更されている。
3.主な争点
特許1について、a.文言侵害、b.無効の抗弁が争点となった。また、特許2について、c.文言侵害、d.均等侵害、e.時機に遅れた攻撃防御方法の成否が主な争点となった。
4.本判決の判断
(A)特許1の文言侵害
本判決では、特許1の文言侵害を認めるという原判決の結論を肯定した。
(B)特許1の無効の抗弁
被告は、特許1の出願日前に梨北農業協同組合に販売し、「たかね有機センター」に納入設置された「KSコンポ醗酵ロータリーマシン KS7−12型」装置(以下、この装置に係る発明をKS7−12発明)に基づいて、特許1は新規性及び進歩性を欠如しており、特許1は無効にされるべき権利であるから特許1に基づいて権利行使をすることはできないと主張した。
原判決では、特許1の「有機質廃物を経時的に投入堆積発酵処理する面域」にいう「経時」とは、「日」単位の時間の経過を意味し、「経時的に」とは、有機質廃物の投入堆積及び発酵処理がそれぞれ2日以上にわたって複数回に分けて順次行われることを意味すると解釈した。このため、本件KS7−12の設置場所の面域では、有機質廃物の発酵処理及びその投入堆積のいずれも「経時的に」行われていたとは認められないと判示した。また、本件KS7−12に係る発明に接した当業者において、有機廃物を「経時的に投入堆積発酵処理」することについての動機付けが存在するものと認めるに足りる証拠はないとして、特許1の新規性又は進歩性不備に基づく無効理由を否定した。
これに対し、本判決では、特許1の明細書の段落0002において、従来技術であるピット式発酵槽について、「所望の長尺広幅を存して対向し、かつ平行する長尺壁を配設し、その平行する長尺壁間に被処理物を経時的に投入堆積するためのピットを形成して成る」としていることから、「経時的に投入堆積発酵処理する」とは、有機質廃物の投入堆積及び発酵処理が順次行われることを意味すると認定した。このため、KS7−12発明は、「有機質廃物を経時的に投入堆積発酵処理する面域」を備えていると認定し、特許1は、KS7−12発明に基づいて進歩性を備えていないとして、原告は特許1を権利行使することができないと判示した。
(C)特許2の文言侵害
本判決では、特許2の文言侵害が成立しないという原判決の結論を肯定した。
(D)特許2の均等侵害
本判決では、特許2の均等侵害の成否について以下のように判示した。被告製品が,特許2の発明と均等なものとして,特許2の発明の技術的範囲に属するといえるかどうかの判断に当たっては,特許請求の範囲に記載された構成中に被告製品と異なる部分が存する場合であっても,
@上記部分が特許2の発明の本質的部分ではなく(第1要件),
A上記部分を当該製品におけるものと置き換えても特許2の発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって(第2要件),
Bそのように置き換えることに当業者が当該製品の製造時点において容易に想到することができたものであり(第3要件),
C当該製品が特許2の発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから出願時に容易に推考することができたものではなく(第4要件),かつ,
D当該製品が特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは(第5要件),
当該製品は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許2の発明の技術的範囲に属するものと解すべきである(最高裁平成6年(オ)第1083号平成10年2月24日第三小法廷判決)。
1)本質的部分(第1要件)について
本判決では、特許2の発明のV字型すくい上げ部材が「2枚の板状の部材を傾斜させて配置されるもの」に対し、被告製品のすくい上げ部材105dは、「半円弧状の形状を有する1枚の部材から構成されたもの」であることが相違すると認定した。
(上図は、本件特許2のV字型の板状の掬い上げ部材を示す平面図である。掬い上げ部材は、2枚の板状部材5c1及び5c2からなる。また、掬い上げ部材は、破線に示す回転軸を中心として回転することにより、板状部材5c1に当接する堆積物を斜め内側へ掬い上げる。本件特許2の図11から抜粋。)
しかしながら、特許2の明細書には、すくい上げ部材が2枚であることの技術的意義は、何ら記載されておらず、傾斜板の外面が正又は逆回転時のそれぞれにおいて外端堆積部に当接することが重要であるから、特許2の明細書に記載されるように2枚の部材を直接溶接してV字状を形成することと、1枚の部材を折曲してV字状を形成することとの間に技術的相違はないため、この点は本質的部分であるとはいえない。
2)置換可能性(第2要件)について
本判決は、被告製品は、被告が認めるとおり、堆積部に半円弧状部の外側が当接し、長尺壁の側に堆肥を寄せ、レールへの堆肥の崩れ落ちを避けるという効果を有するものであるから、特許2の発明と同様に、堆積物の外側への掬い上げ時の拡散、崩れなどの不都合を解消するものであると認定した。このため、特許2の発明のV字型掬い上げ部材と、被告製品の掬い上げ部材105dとの作用効果は同一である。
3)置換容易性(第3要件)について
特許2の発明において掬い上げ部材が2枚であることに格別の技術的意義があるとはいえない。そうすると、特許2の明細書に開示される2枚の板状の部材を溶接してV字型を構成する実施例に直面した当業者において、1枚の部材を折り曲げて構成することは容易に着想することであり、さらに、特許2の発明における掬い上げ部材の傾斜角度が広範なものであることに照らせば、1枚の板を折り曲げて湾曲させ、V字状等に代えて半円弧状とすることも、当業者であれば、必要に応じて適宜なし得る設計変更にすぎない。
4)容易推考性(第4要件)について
特許2の発明は、その出願時における公知技術から当業者が容易に想到し得たものではないから、特許2の発明の2枚の板状からなるV字型の掬い上げ部材を1枚の半円弧状にしたにすぎない被告製品について、当業者が容易に推考できたものとはいえない。
5)意識的除外(第5要件)について
本件特許2の特許権者である原告Aが、被告製品の掬い上げ部材105dの構成を意識的に除外したという事情はない。
6)結論
以上のことから、本判決では、特許2の発明の2枚の板状の掬い上げ部材を被告製品の掬い上げ部材105dの1枚の半円弧状に置換したとしても、被告製品の構成は、特許2の発明と均等なものとして、特許2の発明の技術的範囲に属すると認定した。
(E)原告日環エンジニアリングによる均等侵害の主張が時機に後れた攻撃防御方法となるか
原告日環エンジニアリングによる均等侵害の主張は、原判決において特許2の発明の文言侵害が認められなかったことを受けて平成25年5月23日に行われた当審の第1回口頭弁論期日以前に提出された同年4月30日付の控訴状において(均等侵害に該当する旨が)記載されたものであり、その内容は、新たな証拠調べを要することなく判断可能なものであり、訴訟の完結を遅延させるものとはいえない。従って、上記主張を時機に後れた攻撃防御方法として却下はしないと判示した。
5.検討
特許1の進歩性判断は、請求項1の「経時的」という用語の解釈の違いに起因して原判決と本判決との結論が分かれたものと思われる。特許1の明細書では、従来の発酵処理装置には、被処理物を経時的に投入堆積するためのピットが形成されていたと説明されていることから、有機廃物を「経時的に投入堆積発酵処理」することは新規ではないと推測される。従って、特許1の「有機質廃物を経時的に投入堆積発酵処理する面域」は特徴的ではないと思われ、特許1の進歩性を否定した本判決の判断は妥当であると思われる。
均等論を認めた最高裁判決以降、均等侵害が主張された場合には、上記3.(D)に示す均等侵害の5要件を満たすか否かが審理されてきた(最高裁平成6年(オ)第1083号平成10年2月24日第三小法廷判決)。以前は、均等侵害の5要件のうち、第1要件(発明の本質的部分)を充足していないとして均等の成立を否定する判決が多かった。しかしながら、近年、第1要件を充足していることを認める判決が増加しており、本判決もこの流れに沿ったものであるといえる。